こんばんは、MAYです。
タイトルどおりです。
昨日の夜、久しぶりにNumber 747を読みました。
バンクーバー五輪前の
2010年2月4日に発売された雑誌。
ずっと前の雑誌なのですが
今読み返すとなんだか感慨深くて。
このときのインタビューで高橋大輔選手が
確固とした口調で、強い決意を持って
『今回(バンクーバー五輪)が最後のオリンピックになります』
って言っているのも面白い。
(全力で3度目の五輪に出場しようとしていますよ)
『自己中心を貫いた浅田真央の4年間』
という記事もありましたが、
これを改めて読んで思うことは
フィギュアスケーターは負けず嫌いでなければ
続けることはできない、ということ。
(もちろんフィギュアスケートだけに限らず、でしょうが)
選手に対して負けるのが悔しいのか
プレッシャーに対して負けるのが悔しいのか
はたまた、もっと他のものなのか。
挫折するからまた這い上がろうとひたすら練習する。
強い想いをもってリンクへ上がり、
最高の演技ができたときに時にはガッツポーズをし
時には嬉しさのあまり涙を流す。
一度大きな大会で優勝して完全に満足してしまったら
もう一度辛く苦しい練習に戻ろうなんて思わないでしょう。
浅田真央選手は特に勝つことが好きな選手だと思います。
そして、人一倍負けることを悔しがる選手だと思います。
2007年の東京での世界選手権で
最終滑走者の安藤美姫選手の優勝が決まり
自分は2位と確定したとき、彼女は悔し涙を流しました。
今、同じような状況になったとしてそういう行動を
彼女がとるのか分かりませんがそういう『悔しさ』は
彼女の中にまだあるような気がします。
幼いころから負けず嫌い。
ゲームをしていても勝つまでやる。
自分よりずっと年上のお姉さんスケーターに
試合で負けること、身長が負けていることさえ、
彼女にはまったく納得がいかないことだった。
そんな小さな真央ちゃんの心も
彼女の心にはまだあるような気がします。
そんな心がスポーツ選手には必要なのだなあ、と。
すみません、ちょっとよく分からない文章になってしまいましたが
本当に書きたかったことはこのNumberに載っていた太田由希奈さんの
記事のことについてなのです。
『トリノは由希奈のもの』とさえ言われた
太田由希奈さんがスケートに情熱を注げなかったのはなぜか。
ひょっとしたらそんな言い方はおかしいのかもしれませんが
なぜ、オリンピックのメダルまで期待されていた由希奈さんが
そこまでの成績を残せずに現役を引退してしまったのか。
そういうことをお話したかったのですが
どうもまとまらず^^;
明日以降に何回かに分けて書きたいと思います。
由希奈さんのことをよく知らないという方は
ぜひ読んでみてくださいね。
こんばんは(^o^)
バンクーバーの真央ちゃんもそうでしたよね。
あの涙は悔し涙ですよね。
今シーズンはオリンピックイヤーで、
真央ちゃんが集大成だと言ってるので、
時々あの時の映像が流れますが、
今でも、あの涙を見ると胸が痛くなります。
今度はほんとにうれし涙が見たいです。
太田由希奈さんは今年、アイスショーで久しぶりに拝見し、美しい滑りを堪能しました。
由希奈さんの鮮烈な記憶といえば、TVで見た2002年末の全日本選手権でしょうか。あの時の圧倒的に優雅な演技は目に焼き付いています。
なんで4位なの!?との思いは今でも持ち続けています。
表彰台に充分値する演技だったと思いますし、
もしあの時表彰台に上っていたら、その後のスケート競技人生が違っていたかもしれない・・・と思います。
なんか悔しいんですよね、今だに。
負けるのが好きなアスリートはいませんが、緊張で身体と気持ちの連携が取れないと今朝みたいなことになりますね(^^)
キムヨナのメンタルタフに、日本女子フィギュアが太刀打ちできないのは悲しいですが、揺るぎない事実なので次次世代に期待しませう(^^)
大田由希奈もそのレベルだったということででょう、今もNHKで浅田舞と解説してる方が楽しそうだし(^^)
近・多摩さんへ
あなたにフランスの劇作家 モリエールが語った素晴らしい言葉を送りましょう。
「自分の行いが馬鹿げている人に限って、真っ先に他人を中傷する。」
キムヨナ選手も迷惑でしょうね。
あなたもまずは自分を磨くことです。頑張ってください。